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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)150号 判決 1999年5月19日

東京都墨田区押上2丁目8番2号

原告

岡部株式会社

代表者代表取締役

鏑木俊二

訴訟代理人弁理士

山口朔生

東京都港区三田3丁目4番15-1001号

被告

建設基礎エンジニアリング株式会社

代表者代表取締役

山田邦光

訴訟代理人弁護士

吉武賢次

同弁理士

加藤誠

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判断

1  原告

特許庁が、平成7年審判第15016号事件について、平成9年4月25日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「法枠工法」とする特許第1941670号発明(平成3年6月5日出願、平成6年10月5日出願公告、平成7年6月23日設定登録)の特許権者である。

原告は、平成7年7月13日に被告を被請求人として、上記特許につき無効審判の請求をし、平成7年審判第15016号事件として特許庁に係属したところ、被告は、平成8年1月11日、本件明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載を訂正する旨の訂正請求(以下「本件訂正請求」といい、本件訂正請求に係る訂正を「本件訂正」という。)をした。

特許庁は、同無効審判の請求につき審理したうえ、平成9年4月25日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年5月26日、原告に送達された。

2  本件明細書の特許請求の範囲の記載

(1)  本件訂正前の記載

【請求項1】 エキスパンドメタルから成る平行な二枚の型枠を法面の傾斜方向と直交するようにして法面上に載置し、該二枚の型枠間に横架された複数のスペーサに前記二枚の型枠と平行となるようにして複数の主鉄筋を固定し、法面に挿入したアンカー筋を山側の主鉄筋にその谷側に位置するようにして固定して前記二枚の型枠を法面上に定着し、前記二枚の型枠の間及び外側面にモルタル若しくはコンクリートを打設するようにしたことを特徴とする法枠工法。

【請求項2】 法面に挿入した他のアンカー筋を谷側の主鉄筋にその谷側に位置するようにして固定すると共に、山側の主鉄筋に固定したアンカー筋と谷側の主鉄筋に固定したアンカー筋の配置が千鳥状となるようにしたことを特徴とする請求項1に記載の法枠工法。

(2)  本件訂正に係る記載(以下、本件訂正に係る特許請求の範囲に記載された発明を「本件訂正発明」という。)

エキスパンドメタルから成る平行な二枚の型枠を法面の傾斜方向と直交するようにして法面上に載置し、該二枚の型枠間に横架された複数のスペーサに前記二枚の型枠と平行となるようにして複数の主鉄筋を固定し、法面に挿入した各アンカー筋を、主鉄筋に対し各々その谷側に位置するようにして固定するとともに、山側の主鉄筋の谷側に固定したアンカー筋ン谷側の主鉄筋の谷側に固定したアンカー筋の配置が千鳥状になるようにして前記二枚の型枠を法面上に定着し、前記二枚の型枠の間及び外側面にモルタルもしくはコンクリートを打設するようにしたことを特徴とする法枠工法。

(注、下線部分が訂正個所である。)

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、

(1)  本件訂正請求について、<1>各訂正事項が、請求項1を削除して請求項2にする特許請求の範囲の減縮を目的とするもの、及びこれに伴い不明瞭となった発明の詳細な説明の記載を明瞭にする明瞭でない記載の釈明を目的とするものであって、願書に添付した明細書又は図面に記載された範囲内の訂正であり、実質的に特許請求の範囲を拡張又は変更するものではなく、<2>熊本地方裁判所人吉支部平成元年(ヨ)第15号事件に係る平成2年1月9日付債務者ら準備書面(一)(審決甲第1号証、本訴甲第3号証、以下「第1引用例」という。)、同事件に係る同年3月12日付債務者ら準備書面(二)(審決甲第2号証、本訴甲第4号証、以下「第2引用例」という。)及び東京地方裁判所平成3年(ワ)第1973号事件に係る平成3年3月28日付原告ら証拠申出書(審決甲第3号証、本訴甲第5、第8~第10号証、以下「第3引用例」という。)に記載された事項が、公然実施された発明であるとしても、本件訂正発明がこの公然実施された発明であるとも、この公然実施された発明から当業者が容易に発明をすることができたものとも認められず、また、本件訂正発明が特公昭53-32166号公報(審決甲第5号証、本訴甲第7号証、以下「第4引用例」という。)に記載された発明であるとも、この発明から当業者が容易に発明をすることができたものとも認められないから、本件訂正発明は特許出願の際独立して特許を受けられるものであるとし、

(2)  無効審判請求については、本件特許発明は本件訂正に係る明細書の特許請求の範囲に記載されたとおりのものであるとしたうえ、上記(1)の<2>のとおり、請求人(原告)の主張する理由及び証拠方法によっては本件特許を無効とすることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本件訂正請求の各訂正事項が、特許請求の範囲の減縮及び明瞭でない記載の釈明を目的とするものであって、願書に添付した明細書又は図面に記載された範囲内の訂正であり、実質的に特許請求の範囲を拡張又は変更するものではないこと(上記第2の3の(1)の<1>)、第1、第2引用例の記載事項の認定(審決書8頁16行~9頁10行)、第4引用例の記載事項の認定(同11頁10~末行)及び第4引用例記載の発明と本件訂正発明との相違点の認定(同12頁3~8行)自体、並びに特許法197条に当たる行為があった旨の主張が審決取消事由に該当しない旨の判断(同14頁7~12行)は認める。

審決は、第1~第3引用例に記載された発明の実施の公然性の判断を誤るとともに、本件訂正発明が第3引用例記載の公然実施された発明ではなく、第1、第2引用例記載の公然実施された発明から容易に発明をすることもできない旨誤った判断をし(取消事由1、2)、さらに本件訂正発明が第4引用例に記載の発明ではなく、これから容易に発明をすることもできない旨誤った判断をした(取消事由3)結果、本件訂正発明を無効とすることができないとの誤った判断に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(第3引用例記載の公然実施された発明についての同一性判断の誤り)

(1)  熊本県球磨郡水上村古屋敷において、水上村の発注により、元請人を有限会社青木建設として、村道古屋敷柳平線道路災害復旧工事が、平成元年12月28日までの間に施工され、該工事のうち法面工事(以下「本件法面工事」という。)を、日本地研株式会社が下請人として実際に施工した。

そして、第3引用例添付1~12丁の各写真(甲第5号証添付1~4丁及び7~12丁の各写真並びに甲第8号証1~4丁掲記の各写真、なお、甲第8号証1~4丁掲記の各写真は、本来甲第5号証添付5、6丁各上下段に掲記されていたものを、別途拡大したものである。また、甲第9号証掲記の写真は上記5、6丁を含む甲第5号証添付写真と、甲第10号証掲記の写真は上記甲第8号証掲記の写真と、それぞれ同じもので、いずれもカラー写真で復元したものである。)は、本件法面工事の施工現場を撮影した写真である。

しかるところ、審決は、「甲第1号証乃至甲第4号証(注、本訴甲第3~第6号証)では、甲第3号証(注、本訴甲第5号証)で示す工事が、不特定の第三者が見ることができる状態で行われたこと等が立証されているとはいえない」(審決書13頁末行~14頁3行)として、本件法面工事が公然と施工されたことを否定しているが、誤りである。

すなわち、第3引用例添付1丁(甲第5号証添付1丁、甲第9号証1丁)下段掲記の写真に示されているように、本件法面工事の現場に沿う公道の進入口には、「この先は落石転石の恐れがありますので一担停車して誘導員の指示に従って下さい」、「架線作業中ご注意下さい」と記載された看板が設置されていたのであるから、一般車両といえども、誘導員の指示に従い、注意したうえで、本件法面工事の現場に沿う道路を通行することができたのであり、本件法面工事の現場を不特定の算三者が見ることができたことは明らかである。したがって、本件法面工事は公然と施工されていたものである。

(2)  審決は、第3引用例の記載事項につき「法枠工法において、山側の主筋に対しては、その谷側にアンカー筋を位置するようにして固定することは記載されているが、その拡大図(注、甲第8号証)をみても、谷側の主筋に対しては、その谷側にアンカー筋を位置させて固定することは記載されているということはできない。」(審決書9頁13~18行)と認定したうえ、本件訂正発明が「谷側の主鉄筋にもその谷側にアンカー筋を位置するようにして固定するとともに、山側の主鉄筋の谷側に固定したアンカー筋と谷側の主鉄筋の谷側に固定したアンカー筋の配置が千鳥状になるようにした構成で、」(同10頁2~7行)第3引用例記載の発明と相違している旨相違点を認定したが、いずれも誤りである。

すなわち、第3引用例添付5、6丁各上下段の写真(甲第8号証1~4丁、第9号証5、6丁各上下段、第10号証1~4丁)に見られるとおり、アンカー筋は、乱雑に、打設しやすいところに打ち込まれており、このうちには、谷側の主鉄筋に対し、その谷側にアンカー筋を位置させて固定した状態のものが存在するのみならず、山側の主鉄筋の谷側に固定したアンカー筋と谷側の主鉄筋の谷側に固定したアンカー筋との配置が千鳥状になっているものもあちこちに見られる。

この点については、本件審判において、被告自身が「審判事件答弁書」で、「甲第1~甲第3号証に記載された発明は、稀に、アンカー筋を谷側の主鉄筋に添わしてあるが、これらを充分に千鳥状と表現できるか、問題である。」(甲第11号証11頁15~17行)と主張し、十分な千鳥状か、不十分な千鳥状かを問題とするだけで、千鳥状の配置が存在したこと自体は否定していないのである。そして、法面工事の実際の現場は、岩石が散乱し全体が波のようにうねった斜面であり、図面のとおり施工することは不可能であって、作業員は、現場の状況に応じてアンカー筋を打設することが可能な場所を探して打設する結果、その打設位置は乱雑を極めているのが実態であって、「千鳥状」などという概念は曖昧なものとなってしまい、十分な千鳥状か、不十分な千鳥状かを問題とするのは無意味である。

したがって、審決の上記第3引用例の記載事項の認定及びこれに基づく本件訂正発明と第3引用例記載の発明との相違点の認定はともに誤りであり、本件訂正発明は、第3引用例添付の各写真に示された公然実施された発明と同一であるというべきである。

2  取消事由2(第1、第2引用例記載の公然実施された発明に基づく進歩性についての判断の誤り)

(1)  第1、第2引用例添付の各「イ号施行法説明書」と図面第1図、第2図(甲第3、第4号証)は、同一のものであり、熊本地方裁判所人吉支部平成元年(ヨ)第15号仮処分申請事件において、本件法面工事を施工した日本地研株式会社らが、本件法面工事の施工方法として主張したものであるから、本件法面工事は、同図面第1、第2図のとおり施工されたものである。そして、本件法面工事が、公然と施工されたことは、上記1の(1)のとおりである。

しかるところ、審決は、本件訂正発明が「谷側の主鉄筋にもその谷側にアンカー筋を位置するようにして固定するとともに、山側の主鉄筋の谷側に固定したアンカー筋と谷側の主鉄筋の谷側に固定したアンカー筋の配置が千鳥状になるようにした構成で、」(審決書10頁2~7行)、第1、第2引用例記載の発明と相違しているとの点について、本件訂正発明が、この構成により「谷側の主鉄筋15からも直接アンカー筋16に法枠の自重がかかるようになり、主鉄筋15に対するアンカー筋16の結束線による結束が緩んでも、スペーサ及び型枠が法枠18の幅方向にずれることはなく、従ってモルタル若しくはコンクリートを打設しても法枠は下方に撓み難い。しかも、千鳥状に配してあるため、少ない本数のアンカー筋16で固定力が作用し且つ固定点同志の間隔が狭くなり、その結果法枠18は一層撓み難くなる。アンカー筋16は、谷側の主鉄筋の谷側に固定して斜面に打ち込んであるため、法枠18の谷側近くを下方から支え、法枠18が転倒しないように機能する。」(同10頁10行~11頁2行)との効果を奏するから、本件訂正発明が、第1、第2引用例記載の公然実施された発明から当業者が容易に発明をすることができたものとは認められないと判断した(同11頁7~9行)が、上記の本件訂正発明の効果についての認定及び本件訂正発明に進歩性が認められるとした判断はともに誤りである。

(2)  確かに、上記第1、第2引用例の図面第1、第2図には、谷側の主鉄筋にアンカー筋を取り付けた構造は記載されていないが、主鉄筋の谷側にアンカー筋を連結して固定する技術は開示されている。したがって、法枠の自重が主鉄筋から直接谷側のアンカー筋にかかることは、第1、第2引用例記載の公然実施された発明によって公知となっていたのである。そして、本件訂正発明は、主鉄筋の谷側にアンカー筋を連結して固定する構造を、山側の主鉄筋と谷側の主鉄筋の2列に配置したにすぎず、そのように配置すれば谷側の主鉄筋にも法枠の自重が作用するようになることは明らかである。すなわち、「谷側の主鉄筋にもその谷側にアンカー筋を位置するようにして固定する」ことに伴う効果は、本件法面工事において、公然実施された発明の効果と何ら変わるところはないのであって、審決が該効果を認定したことは誤りである。

また、アンカー筋を、山側の主鉄筋と谷側の主鉄筋の双方に、長手方向の位置を同じくして固定し2列に配置した状態から、打設条件(アンカー筋の太さ、打込みの深さ、長手方向の間隔)を変えないで、一方のみを半スパンずらし、千鳥状になるように配置した場合には、たとえば、山側の主鉄筋に固定されたアンカー筋についていえば、長手方向の位置を同じくして谷側の主鉄筋に固定され、相伴って法枠の自重を支えていたアンカー筋がなくなる訳であるから、当然その強度が不足することになる。したがって、単に一方のみを半スパンずらすだけで済むものではなく、より太いアンカー筋をより深く、間隔を狭めて打ち込む必要が生じることになる。換言すれば、打設条件が同じであれば、山側の主鉄筋又は谷側の主鉄筋のうち一方に固定されるアンカー筋のみを半スパンずらして千鳥状としただけで、全体の強度に相違が生じるはずがないのである。審決がした「千鳥状に配してあるため、少ない本数のアンカー筋16で固定力が作用し且つ固定点同志の間隔が狭くなり、その結果法枠18は一層撓み難くなる」旨の千鳥状配置の効果の認定は、上記のような打設条件の変更の必要を無視したものであって誤りである。

(3)  法面工事の実際の現場において、図面のとおり施工することは不可能であって、作業員は、現場の状況に応じてアンカー筋を打設することが可能な場所を探して打設する結果、その打設位置は乱雑を極めているのが実態であることは上記のとおりであり、加えて、審決の本件訂正発明の効果の認定も、その効果を過剰に評価した誤りがあるから、本件訂正発明は、第1、第2引用例記載の公然実施された発明から、当業者が容易に発明することができたものというべきであり、審決が、本件訂正発明に進歩性があるとした判断は誤りである。

3  取消事由3(第4引用例記載の発明に基づく進歩性についての判断の誤り)

(1)  審決は、本件訂正発明が「法面に挿入した各アンカー筋を、主鉄筋に対し各々その谷側に位置するようにして固定するとともに、山側の主鉄筋の谷側に固定したアンカー筋と谷側の主鉄筋の谷側に固定したアンカー筋の配置が千鳥状になるようにし」(審決書12頁3~7行)た構成で、第4引用例記載の発明と相違する点について、「訂正後の発明(注、本件訂正発明)は、この構成により、前記明細書記載の効果を奏するものであるので、訂正後の発明は、第4引用例に記載された発明であるとも、この引用例に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとも認められない。」(同12頁9~14行)と判断したが、それは誤りである。

(2)  確かに、第4引用例には、2枚の型枠間に横架された横鉄筋にアンカー筋を固定することが記載されており、山側と谷側の主鉄筋にアンカー筋を固定することは記載されていない。

しかしながら、上記のとおり、法面工事の実際の現場において、図面のとおり施工することは不可能であって、第4引用例記載の発明を実際に現場で施工する場合においては、主鉄筋が近くにあればそれに添わせてアンカー筋を打ち込むことは当然であり、かつ、その山側に打つか、谷側に打つかは、岩盤の割れ目の状態、傾斜の角度、法枠コンクリートの圧力のかかり具合などを想定し、その場その場で作業員が判断して行っているのである。換言すれば、凹凸の激しい法面工事の現場において、第4引用例に記載されたとおりにアンカー筋を打設することなど不可能なのである。

このような実態に照らせば、本件訂正発明は、第4引用例記載の発明を実際の法面工事の現場で施工する場合に、作業員が適宜その状況に応じて採用する手段であるにすぎないというべきである。

したがって、本件訂正発明は、第4引用例記載の発明と同一であるか、少なくとも、当業者がこれから容易に発明をすることができたものであるから、審決の「訂正後の発明は、第4引用例に記載された発明であるとも、この引用例に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとも認められない。」との判断は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

1  取消事由1(第3引用例記載の公然実施された発明についての同一性判断の誤り)について

(1)  本件法面工事の施工に関する事実及び第3引用例添付1~12丁の各写真が本件法面工事の施工現場を撮影した写真であることは認める。

原告は、第3引用例添付1丁下段掲記の写真に、「この先は落石転石の恐れがありますので一担停車して誘導員の指示に従って下さい」、「架線作業中ご注意下さい」と記載された看板が設置されていたことを根拠として、本件法面工事の現場を不特定の第三者が見ることができたものであり、本件法面工事が公然と施工されていたものであると主張する。

しかしながら、法面工事は、道路際などの斜面を安定させる目的で行う工事であって、その完了まで斜面は不安定な状態で、落石・転石などの可能性が充分にあり、その下の道路を通行することは極めて危険であるから、落石・転石などの危険性がなくなるまでは通行止めにして、迂回路への通行を誘導するのが通例である。本件法面工事も一般の通行を禁止して行われたものと解されるから、公然と施工されたものではない。

上記各看板は、それが一般の通行人・車輛を対象とするものであることを示す「一般の通行の方へ」というような宛名がないこと、「誘導員」という現場の作業者でなければ理解できない作業職種に言及していることから見て、工事関係者向けのものと解されるものである。

(2)  原告は、第3引用例添付5、6丁各上下段の写真に、谷側の主鉄筋の谷側にアンカー筋を位置させて固定した状態のものが存在し、山側の主鉄筋の谷側に固定したアンカー筋と谷側の主鉄筋の谷側に固定したアンカー筋との配置が千鳥状になっているものが見られると主張する。確かに、同6丁下段の写真(甲第8号証4丁、第9号証6丁下段、第10号証4丁)の上部に撮影されている部分のアンカー筋は、谷側の主鉄筋に位置させて固定してあるが、該主鉄筋の谷側に位置しているかどうかは明瞭ではなく、むしろ該主鉄筋の山側に位置しているように見られるものである。仮に、該アンカー筋が谷側の主鉄筋の谷側に打ってあるとしても、上下2段となった主鉄筋の上段のものに固定されていないことは明瞭であり、該アンカー筋は谷側の主鉄筋を谷側から支えるために打たれているものということはできない。

また、原告は、本件審判における「審判事件答弁書」の「甲第1~甲第3号証に記載された発明は、稀に、アンカー筋を谷側の主鉄筋に添わせてあるが、これらを充分に千鳥状と表現できるか、問題である。」との記載を引用し、千鳥状の配置が存在したことを被告が認めたかのように主張するが、被告が該「審判事件答弁書」を提出した段階では、第3引用例添付5、6丁の写真は極めて不鮮明なものが提出されていたにすぎず、それ故に、被告は、上記のような消極的な答弁をしたものであって、本件訂正前の発明又は本件訂正発明の構成要件である「千鳥状の配置」が存在することを認めたものではない。仮に、同6丁下段の写真(甲第8号証4丁、第9号証6丁下段、第10号証4丁)の上部に撮影されている部分において、アンカー筋が千鳥状に配置されているとしても、その他の部分においては、山側の主鉄筋の谷側にアンカー筋が配してあり、谷側の主鉄筋の山側に添わせたアンカー筋が稀に見られるのみである。このようなアンカー筋の配置によっては本件訂正発明の顕著な効果が得られるものではない。被告は、第3引用例添付5、6丁の不鮮明な写真から、このようなアンカー筋の配置をかろうじて見い出して、「充分に千鳥状と表現できるか、問題である。」と表現したのである。

さらに、原告は、法面工事の実際においては、現場の状況に応じてアンカー筋を打設することが可能な場所を探して打設する結果、その打設位置は乱雑を極めているのが実態であって、「千鳥状」などという概念は曖昧なものとなってしまうとも主張するが、かかる主張は、技術思想として「千鳥状の配置」を要件とする発明を実施し、その効果を得るという意図が全く存在していないことを示すものである。本件法面工事の現場において、本件訂正発明の千鳥状の配置が部分的に見受けられたとしても、当業者がそのような配置を見ただけで、本件訂正発明の「千鳥状の配置」の技術思想を看取できるものではないのである。

2  取消事由2(第1、第2引用例記載の公然実施された発明に基づく進歩性についての判断の誤り)について

本件法面工事が第1、第2引用例添付の図面第1、第2図のとおり施工されたものであることは認めるが、本件法面工事が公然と施工されたものでないことは、上記1の(1)のとおりである。

原告は、同図面第1、第2図に、谷側の主鉄筋にアンカー筋を取り付けた構造が記載されていないことを認めながら、山側の主鉄筋の谷側にアンカー筋を連結して固定することが記載されていたことに基づき、本件訂正発明は、主鉄筋の谷側にアンカー筋を連結して固定する構造を、山側の主鉄筋と谷側の主鉄筋の2列に配置したにすぎず、そのように配置すれば谷側の主鉄筋にも法枠の自重が作用するようになることは明らかであるから、本件訂正発明の効果は、本件法面工事において実施された発明の効果と何ら変わるところはないと主張する。

しかし、山側の主鉄筋の谷側にのみアンカー筋を固定した構成では、谷側の主鉄筋は、下からこれを支えるものがないので撓むことになり、コンクリートの自重が作用すれば、さらに極端に垂れ下がることになる。そして、そのまま施工すれば、下側が膨らんだ不格好な法枠が完成してしまうのである。同図面第1、第2図に記載され、本件法面工事において実施された発明はかかる事態に思い至っていないものであり、審決が、本件訂正発明の構成により「谷側の主鉄筋15からも直接アンカー筋16に法枠の自重がかかるようになり、主鉄筋15に対するアンカー筋16の結束線による結束が緩んでも、スペーサおよび型枠が法枠18の幅方向にずれることはなく、従ってモルタル若しくはコンクリートを打設しても法枠は下方に撓み難い」との効果を奏するものと認定したことに誤りはない。

また、原告は、アンカー筋を、山側の主鉄筋と谷側の主鉄筋の双方に長手方向の位置を同じくして固定し2列に配置した状態から、打設条件を変えないで、一方のみ半スパンずらし、千鳥状になるように配置した場合には、相伴って法枠の自重を支えていた一方のアンカー筋がなくなるから、その強度が不足することになるので、打設条件が同じであれば、山側の主鉄筋又は谷側の主鉄筋のうち一方に固定されるアンカー筋のみを半スパンずらして千鳥状としただけで、全体の強度に相違が生じるはずがないと主張する。

しかし、単純に山側の主鉄筋と谷側の主鉄筋の双方に、長手方向の位置を同じくして2列並列的にアンカー筋を固定した場合には、固定点は実質上1点であるが、これを千鳥状に配置すれば、山側の主鉄筋と谷側の主鉄筋に添わせたアンカー筋が法枠の長手方向で離れて、法枠にとっては固定点が2点となり、同じ本数のアンカー筋を用いながら、その固定点間のスパンを一挙に小さくすることができるのである。そして、このように固定点が小刻みにあれば、法枠に作用する土砂荷重をアンカー筋が受けることになり、法枠自体の強度が多少小さくとも、荷重に耐え得る構造となって、結局、はるかに効率的に土砂荷重に対する強度を高めることができるのである。したがって、審決が、「千鳥状に配してあるため、少ない本数のアンカー筋16で固定力が作用し且つ固定点同志の間隔が狭くなり、その結果法枠18は一層撓み難くなる」と認定したことに誤りはない。

3  取消事由3(第4引用例記載の発明に基づく進歩性についての判断の誤り)について

原告は、第4引用例記載の発明を実際に現場で施工する場合においては、主鉄筋が近くにあればそれに添わせてアンカー筋を打ち込み、その山側に打つか、谷側に打つかは、岩盤の割れ目の状態、傾斜の角度、法枠コンクリートの圧力のかかり具合などを想定し、その場その場で作業員が判断して行っているのであり、このような実態に照らせば、本件訂正発明は、第4引用例記載の発明を実際の法面工事の現場で施工する場合に、作業員が適宜その状況に応じて採用する手段であるにすぎないから、本件訂正発明は、第4引用例記載の発明と同一であるか、当業者がこれから容易に発明をすることができたものであると主張する。

しかし、かかる主張は、本件訂正発明を技術思想として理解するものではなく、また、現場での思いつきのままにアンカー筋をバラバラに配置したことがあるだけで、技術思想として創作的に配置するという工夫を全くしたことがないことを示すものとしかいいようがないから、その失当であることは明らかである。

第5  当裁判所の判断

1  本件訂正発明について

本件訂正に係る本件明細書(乙第1号証添付全文訂正明細書)の発明の詳細な説明には、「従来の技術」として「従来より、地山等の法面に沿って縦横に延びるよう格子状に型枠を組み、この型枠内に鉄筋を配した後、この型枠内及び外側面にコンクリートを打設して法枠を構築する法枠工法は知られている。・・・その一つとして、例えば特公昭53-32166号公報に記載の工法は、図6に示したように、相対向して配置された網状型枠1、1間に所定間隔をもって横鉄筋3を配置して、その両端部を型枠1、1に固着し、且つ横鉄筋3の中間に地盤2に挿入したアンカー筋5を固着して型枠1、1を地盤2上に固定し、次いで型枠1、1間にモルタル類を充填した後、型枠1、1の両外側面において表面仕上げして型枠1、1を埋め殺しすることにより法枠を構築するものであった。」(同明細書1頁19~28行)との、「発明が解決しようとする課題」として「上記従来の法枠工法の場合、・・・横鉄筋3とアンカー筋5とは通常結束線によって結び付けただけなので、結束が緩めば横鉄筋3及び型枠1、1が横鉄筋3の軸方向に簡単にずれてしまう。特に、法枠が地山等の傾斜した地盤2(法面)に対して傾斜方向と直交する方向に延びるようにして固定された場合、即ち図6に示したように法枠の巾方向(横鉄筋3の軸方向)が法面の傾斜方向となった場合、上記の弱点を原因として、モルタル若しくはコンクリート打設時に法枠自身の自重により法枠が下方、即ち谷側に撓んでしまうことさえあった。・・・法枠の巾方向(横鉄筋3の軸方向)が法面の傾斜方向となった場合、アンカー筋5には引抜き力が作用し且つ谷側の型枠1には圧縮力が作用するが、この従来例の場合、アンカー筋5が横鉄筋3の中央部に位置していて、アンカー筋5と谷側の型枠1との距離が法枠の巾の半分と短いため、法枠を剥がそうとするモーメントを一定とした場合アンカー筋5に対する引抜き力が大きくなり、法枠が地山から剥がれ易くなって、地山の安定化に十分機能しないという弱点もあった。・・・本発明は、上記問題点に鑑み、法枠の巾方向が法面の傾斜方向となっても、法枠が撓み難く且つ地山から剥がれ難くなって、地山の安定化に十分機能し得る、法枠工法を提供することを目的としている。」(同2頁3~24行)との、「作用」として「上記構成によれば、法面に挿入したアンカー筋を山側の主鉄筋のその谷側に位置するようにして固定しているので、主鉄筋から直接アンカー筋に法枠の自重がかかるようになり、主鉄筋に対するアンカー筋の結束線による結束が緩んでも、スペーサ及び型枠が法枠の巾方向にずれることはなく、従ってモルタル若しくはコンクリートを打設しても法枠は下方に撓み難い。また、法面に挿入したアンカー筋を山側の主鉄筋に固定しているので、アンカー筋と谷側の型枠との距離が法枠の巾に略等しくなり、その結果法枠を剥がそうとするモーメントが作用しても、山側の主鉄筋に添わしたアンカー筋の引抜きに対して抵抗するモーメントが大きくなり、法枠が地山から剥がれ難くなって、地山の安定化に十分機能し得るようになる。・・・上記構成に加えて、谷側の主鉄筋に固定したアンカー筋も谷側の主鉄筋のその谷側に位置するようにして固定すると共に、山側の主鉄筋に固定したアンカー筋と谷側の主鉄筋に固定したアンカー筋の配置が千鳥状となるようにしてある。これにより、谷側の主鉄筋からも直接アンカー筋に法枠の自重がかかるようになり、主鉄筋に対するアンカー筋の結束線による結束が緩んでも、スペーサ及び型枠が法枠の巾方向にずれることはなく、従ってモルタル若しくはコンクリートを打設しても法枠は下方に撓み難い。しかも、千鳥状に配してあるため、少ない本数のアンカー筋で固定力が作用し且つ固定点同志の間隔が狭くなるので、法枠は一層撓み難くなる。アンカー筋は、谷側の主鉄筋の谷側に固定して斜面に打ち込んであるため、法枠の谷側近くを下方から支え、法枠が転倒しないように機能する。」(同3頁8~28行)との各記載がある。

これらの記載と前示本件訂正に係る特許請求の範囲の記載とによれば、本件訂正発明は、従来技術が、相対向して配置された網状型枠間に所定間隔で配置された横鉄筋の中間にアンカー筋を固定していたために、モルタル又はコンクリート打設時に法枠自身の自重により法枠が谷側に撓んでしまうこと及びアンカー筋に作用する引抜き力が大きくなり、法枠が地山から剥がれやすくなることを解決すべき課題として、本件訂正に係る特許請求の範囲記載の構成を採用し、これにより、アンカー筋を山側の主鉄筋の谷側及び谷側の主鉄筋の谷側に位置するようにして固定したため、谷側の主鉄筋からも直接アンカー筋に法枠の自重がかかるようになり、主鉄筋に対するアンカー筋の結束線による結束が緩んでも、スペーサ及び型枠が法枠の幅方向にずれることがなく、モルタル又はコンクリートを打設しても法枠が下方に撓み難くなり、しかも、山側の主鉄筋に固定したアンカー筋と谷側の主鉄筋に固定したアンカー筋とを千鳥状に配してあるため、少ない本数のアンカー筋で固定力が作用し、固定点同志の間隔が狭くなるので、法枠が一層撓み難くなるという効果、及び山側の主鉄筋に固定したアンカー筋と谷側の型枠との距離が法枠の幅とほぼ等しくなって、法枠を剥がそうとするモーメントが作用しても、山側の主鉄筋に添わしたアンカー筋の引抜きに対して抵抗するモーメントが大きくなり、法枠が地山から剥がれ難くなるという効果を奏するものであることが認められる。

2  取消事由1(第3引用例記載の公然実施された発明についての同一性判断の誤り)について

(1)  熊本県球磨郡水上村古屋敷において、水上村の発注により、元請人を有限会社青木建設として、村道古屋敷柳平線道路災害復旧工事が、平成元年12月28日までの間に施工され、該工事のうち本件法面工事を、日本地研株式会社が下請人として実際に施工したこと、第3引用例添付1~12丁の各写真が本件法面工事の施工現場を撮影した写真であることは当事者間に争いがない。

しかるところ、審決は、「甲第1号証乃至甲第4号証(注、本訴甲第3~第6号証)では、甲第3号証(注、本訴甲第5号証)で示す工事が、不特定の第三者が見ることができる状態で行われたこと等が立証されているとはいえない」(審決書13頁末行~14頁3行)と判断したが、前示争いのない事実及び第3引用例添付1~4丁の各写真(甲第5号証添付1~4丁、第9号証1~4丁)並びに弁論の全趣旨によれば、本件法面工事は、道路災害復旧工事中の村道古屋敷柳平線の片側に沿い、同道路脇から見て上方にある法面において行われ、同法面下方の同道路を通行する者にとって、本件法面工事の現場を見渡すことは極めて容易であったものと認められるところ、前示第3引用例添付1丁上下段の写真に示された同道路の本件法面工事現場への進入口付近の状況は、工事中であることを表示する看板が複数個設置されてはいるものの、一般の通行が禁止されている旨を表示する看板等は見当たらないのみならず、設置された看板のうちには、「この先は落石転石の恐れがありますので一担停車して誘導員の指示に従って下さい」、「架線作業中ご注意下さい」と記載されたものがあるのであるから、一般の歩行者又は一般車両が、本件法面工事現場の下方の同道路を通行することが必ずしも禁止されていたわけではないものと認めることができる。

被告は、法面工事現場の下方の道路を通行することは極めて危険であるから、通行止めにして、迂回路への通行を誘導するのが通例であるとし、前示の看板の文言は、「一般の通行の方へ」というような宛名がないこと、「誘導員」という作業職種に言及していることから見て、工事関係者向けのものと解される旨主張するが、前者の主張は単なる一般論であり、また、「一般の通行の方へ」というような宛名がないことや「誘導員」という文言があったからといって、後者の主張のように、直ちに該看板の文言が工事関係者向けのものと断定することはできず、結局、本件法面工事現場の下方の同道路に一般の歩行者又は一般車両が進入できなかったとする事実を認めるには足りない。のみならず、仮に、前示の看板の文言が工事関係者向けのものであったとしても、様々な職種の工事関係者のうちには、本件法面工事の施工方法について、格別守秘義務を負う訳ではない者も相当数いたものと推認されるから、いずれにしても、本件法面工事は、不特定の第三者が見ることのできる状況で行われていた事実を認めることができる。したがって、審決の前示判断は誤りであるといわざるを得ず、本件法面工事は公然と施工されていたものと認められる。

(2)  ところで、原告は、第3引用例添付5、6丁各上下段の写真には、谷側の主鉄筋の谷側にアンカー筋を位置させて固定した状態のものが存在するのみならず、山側の主鉄筋の谷側に固定したアンカー筋と谷側の主鉄筋の谷側に固定したアンカー筋との配置が千鳥状になっているものもあちこちに見られると主張する。

しかしながら、同6丁下段の写真(甲第8号証4丁、第9号証6丁下段、第10号証4丁)の上部に、谷側の主鉄筋に位置させて固定したと認められるアンカー筋4本が示されているが、該アンカー筋が主鉄筋の谷側に位置しているかどうかは、同写真が不鮮明であるため明らかではないのみならず、該アンカー筋が上下2段の谷側の主鉄筋のうちの上段のものに届いておらず、これに固定されていないことは明瞭であるから、該アンカー筋はいずれにせよ、谷側の主鉄筋から直接法枠の自重を受け、コンクリート等を打設しても法枠が下方に撓み難くなるとの本件訂正発明の効果を奏するものということはできない。その他、同5、6丁各上下段の写真(甲第8号証1~4丁、第9号証5、6丁各上下段、第10号証1~4丁)において、谷側の主鉄筋の谷側にアンカー筋を位置させて固定した状態のものは、これを認めることができない。

また、前示第3引用例添付6丁下段の写真(甲第8号証4丁、第9号証6丁下段、第10号証4丁)の上部に示された谷側の主鉄筋に位置させて固定したと認められるアンカー筋と、該谷側の主鉄筋に対応する山側の主鉄筋に位置させて固定したアンカー筋とについて、各アンカー筋の最上端部又は主鉄筋との交差部分(但し、谷側の主鉄筋に位置させて固定したアンカー筋が上段の主鉄筋に届いていないことは前示のとおりであるから、下段の主鉄筋との交差部分に着目するほかはない。)における位置関係を見れば千鳥状といえないこともないが、各アンカー筋の接地点における位置関係は到底千鳥状といえるものではないのみならず、該部分の山側及び谷側の主鉄筋に位置させて固定した各4本程度のアンカー筋が千鳥状となっていたとしても、型枠全体における位置関係が千鳥状でなければ、アンカー筋の配置が千鳥状になっているとはいい難いところ、同5、6丁各上下段の写真(甲第8号証1~4丁、第9号証5、6丁各上下段、第10号証1~4丁)において、山側及び谷側の主鉄筋にそれぞれ固定した各数本以上のアンカー筋が千鳥状の位置関係にある部分を他に見い出すことはできない。

したがって、審決が、第3引用例の記載事項につき「法枠工法において、山側の主筋に対しては、その谷側にアンカー筋を位置するようにして固定することは記載されているが、その拡大図(注、甲第8号証)をみても、谷側の主筋に対しては、その谷側にアンカー筋を位置させて固定することは記載されているということはできない。」と認定したうえで、本件訂正発明が「谷側の主鉄筋にもその谷側にアンカー筋を位置するようにして固定するとともに、山側の主鉄筋の谷側に固定したアンカー筋と谷側の主鉄筋の谷側に固定したアンカー筋の配置が千鳥状になるようにした構成で、」第3引用例記載の発明と相違している旨認定したことに誤りはなく、前示(1)の判断の蝦疵は審決の結論に影響を及ぼすものではない。

なお、原告は、本件審判における被告の「審判事件答弁書」の「甲第1~甲第3号証に記載された発明は、稀に、アンカー筋を谷側の主鉄筋に添わしてあるが、これらを充分に千鳥状と表現できるか、問題である。」との記載を引用して、被告が、十分な千鳥状か、不十分な千鳥状かを問題とするだけで、千鳥状の配置が存在したこと自体は否定していないと主張するが、該記載が、本件訂正前の発明又は本件訂正発明の構成要件である「千鳥状の配置」が存在することを認めた趣旨でないことは明瞭であり、原告の該主張を採用することはできない。

3  取消事由2(第1、第2引用例記載の公然実施された発明に基づく進歩性についての判断の誤り)について

本件法面工事が第1、第2引用例添付の図面第1、第2図のとおり施工されたものであることは当事者間に争いがなく、また、本件法面工事が公然と施工されていたことは前示2の(1)のとおりである。

そして、第1、第2引用例(甲第3、第4号証)添付の図面第1、第2図には、アンカー筋を山側の主鉄筋の谷側に位置させて固定することが記載されているところ、原告は、法枠の自重が主鉄筋から直接谷側のアンカー筋にかかることは、第1、第2引用例記載の公然実施された発明によって公知となっており、本件訂正発明は、主鉄筋の谷側にアンカー筋を連結して固定する構造を、山側の主鉄筋と谷側の主鉄筋の2列に配置したにすぎず、そのように配置すれば谷側の主鉄筋にも法枠の自重が作用するようになることは明らかであるから、「谷側の主鉄筋にもその谷側にアンカー筋を位置するようにして固定する」ことに伴う効果は、本件法面工事において、公然実施された発明の効果と何ら変わるところはないと主張する。

しかしながら、アンカー筋を山側の主鉄筋の谷側に位置させて固定するのみの構成においては、谷側の主鉄筋が下側から支えるものがなくて撓むことになり、コンクリート等の自重が作用すれば、さらに極端に垂れ下ることになってしまうのに対し、アンカー筋を山側の主鉄筋の谷側と谷側の主鉄筋の谷側とに固定した本件訂正発明の構成においてはかかる問題が解消されることは前示1のとおりであるから、原告の該主張を採用することはできず、本件訂正発明の構成により「谷側の主鉄筋15からも直接アンカー筋16に法枠の自重がかかるようになり、主鉄筋15に対するアンカー筋16の結束線による結束が緩んでも、スペーサおよび型枠が法枠18の幅方向にずれることはなく、従ってモルタル若しくはコンクリートを打設しても法枠は下方に撓み難い」との効果を奏するものとした審決の認定に誤りはない。

また、原告は、山側の主鉄筋と谷側の主鉄筋の双方に、アンカー筋を長手方向の位置を同じくして固定し2列に配置した状態から、打設条件を変えないで、山側の主鉄筋又は谷側の主鉄筋のうち一方に固定されるアンカー筋のみを半スパンずらして千鳥状としただけで、全体の強度に相違が生じるはずがないと主張する。

しかしながら、アンカー筋を山側の主鉄筋と谷側の主鉄筋の双方に長手方向の位置を同じくして固定し2列に配置した状態においては、長手方向の位置を同じくする2本のアンカー筋は、法枠に対する固定点としては実質上1点となることが明らかであるのに対し、一方の主鉄筋に固定されるアンカーを半スパンずらして千鳥状の配置とした場合には、法枠に対する固定点としては別々のものとなるから、同じ本数のアンカー筋を使いながら、その法枠に対する固定点のスパンを小さくすることができ、法枠を撓み難くするという効果を奏するものと認められる。もっとも、その場合に、打設条件(アンカー筋の太さ、打込みの深さ、長手方向の間隔)に変更がなければ、アンカー筋自体の支持強度は弱くなることが推測されるが、そうであるからといって、法枠に対する固定点のスパンを小さくして、法枠を撓み難くするという効果が有する技術的意義が失われるものではない。原告の前示主張は、アンカー筋自体の支持強度の問題と法枠を撓み難くするという問題とを混同したものといわざるを得ない。したがって、「千鳥状に配してあるため、少ない本数のアンカー筋16で固定力が作用し且つ固定点同志の間隔が狭くなり、その結果法枠18は一層撓み難くなる」との審決の認定に誤りはない。

原告は、さらに、法面工事の実際の現場においては、作業員は、現場の状況に応じてアンカー筋を打設することが可能な場所を探して打設する結果、その打設位置は乱雑を極めているので、本件訂正発明は、第1、第2引用例記載の公然実施された発明から、当業者が容易に発明することができたものというべきであると主張する。

しかしながら、仮に原告主張のとおり、法面工事の実際の現場においてアンカー筋の打設位置が乱雑であり、その結果、主鉄筋に対するアンカー筋の固定位置及びアンカー筋の配置が、部分的に本件訂正発明の規定するものと同様になることがあったとしても、単に現場の状況に応じてアンカー筋を打設することが可能な場所を探して打設した結果としてそうなったというだけでは、前示1のとおり、一定の技術思想を伴なって、そのような構成を採用する本件訂正発明を容易に想到することができるものでないことは明らかであるから、原告の該主張も採用し得ない。

4  取消事由3(第4引用例記載の発明に基づく進歩性についての判断の誤り)について

原告は、本件訂正発明が、第4引用例記載の発明を実際の法面工事の現場で施工する場合に、作業員が適宜その状況に応じて採用する手段であるにすぎないから、本件訂正発明が、第4引用例記載の発明と同一であるか、当業者がこれから容易に発明をすることができたものであると主張するが、前示1のとおり、本件訂正発明は、第4引用例(特公昭53-32166号公報)記載の発明における、コンクリート等の打設時に法枠自身の自重により法枠が谷側に撓んでしまうこと、及びアンカー筋に作用する引抜き力が大きくなり、法枠が地山から剥がれやすくなることを課題として、それを解決したものである。のみならず、仮に、第4引用例記載の発明を実際の法面工事の現場で施工する際、作業員が適宜その状況に応じてアンカー筋を打ち込んだ結果として、主鉄筋に対するアンカー筋の固定位置及びアンカー筋の配置が、部分的に本件訂正発明の規定するものと同様になることがあったとしても、それだけでは、一定の技術思想を伴なって、そのような構成を採用する本件訂正発明と同一といえないことはもとより、これを容易に想到することができるものでもないことは前示3の後段で述べたと同様である。

したがって、原告の該主張を採用することはできず、「訂正後の発明(注、本件訂正発明)は、この構成により、前記明細書記載の効果を奏するものであるので、訂正後の発明は、第4引用例に記載された発明であるとも、この引用例に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとも認められない。」とした審決の判断に誤りはない。

5  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成7年審判第15016号

審決

東京都墨田区押上二丁目8番2号

請求人 岡部株式会社

東京都千代田区岩本町2丁目15番10号 ニュー山本ビル3階 山口特許事務所

代理人弁理士 山口朔生

東京都千代田区岩本町2丁目15番10号 ニュー山本ビル3階 山口特許事務所

代理人弁理士 河西祐一

東京都港区三田3丁目4番15-1001号

被請求人 建設基礎エンジニアリング株式会社

東京都品川区大井7丁目27-4 第三愛知マンション501号 加藤特許事務所

代理人弁理士 加藤誠

上記当事者間の特許第1941670号発明「法枠工法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

Ⅰ. 手続の経緯

1、 本件特許第1941670号発明は、平成3年6月5日に特許出願され、平成7年6月23日に特許権の設定の登録がなされたものである。

2、 これに対して、請求人は、以下の証拠を提示し、無効審判を請求した。

甲第1号証:平成元年(ヨ)第15号事件

「準備書面1」

甲第2号証:平成元年(ヨ)第15号事件

「準備書面2」

甲第3号証:平成三年(ワ)第1973号事件

「証拠申出書」

甲第4号証:平成三年(ワ)第1973号事件

「準備書面15」

甲第5号証:特公昭53-32166号公報

甲第6号証:甲第4号証と同じ

甲第7号証:甲第3号証の一部拡大図

3、 被請求人は、平成8年1月11日に訂正請求書を提出して訂正を求めた。

Ⅱ. 訂正請求

1、 訂正の内容

当該訂正の内容は、本件特許発明の明細書を訂正請求書に添付した訂正明細書記載のとおりに訂正しようとするものである。

すなわち、<1>特許請求の範囲の記載を、「エキスパンドメタルから成る平行な二枚の型枠を法面の傾斜方向と直交するようにして法面上に載置し、該二枚の型枠間に横架された復数のスペーサに前記二枚の型枠と平行となるようにして複数の主鉄筋を固定し、法面に挿入した各アンカー筋を、主鉄筋に対し各々その谷側に位置するようにして固定するとともに、山側の主鉄筋の谷側に固定したアンカー筋と谷側の主鉄筋の谷側に固定したアンカー筋の配置が干鳥状になるようにして前記二枚の型枠を法面上に定着し、前記二枚の型棒の間及び外側面にモルタルもしくはコンクリートを打設するようにしたことを特徴とする法枠工法。」と訂正する。

<2>【0008】の「アンカー筋を山側の主鉄筋にその谷側に位置するようにして」を「各アンカー筋を、主鉄筋に対し各々その谷側に位置するようにして固定するとともに、山側の主鉄筋の谷側に固定したアンカー筋と谷側の主鉄筋の谷側に固定したアンカー筋の配置が干鳥状になるようにして」と訂正する。

<3>【0009】の「主鉄筋に」を「山側の主鉄筋の」と訂正する。

<4>【0009】の「モーメントを一定とした場合アンカー筋に対する引抜き力が小さくなり」を「モーメントが作用しても、山側の主鉄筋に添わしたアンカー筋の引抜きに対して抵抗するモーメントが大きくなり」と訂正する。

<5>【0010】の「尚、上記構成に加えて、法面に挿入した他のアンカー筋を」を「上記構成に加えて、谷側の主鉄筋に固定したアンカー筋も」と訂正する。

<6>【0010】の「すれば、谷側の主鉄筋に対してもアンカー筋の固定力が作用し且つ固定点同志の間隔が狭くなるので、法枠は一層撓み難くなる。さらに、法枠の固定力が強まるので、法枠が地山から一層剥がれ難くなって、地山の安定化により効果的に機能し得るようになる。」を「してある。これにより、谷側の主鉄筋からも直接アンカー筋に法枠の自重がかかるようになり、主鉄筋に対するアンカー筋の結束線による結束が緩んでも、スペーサ及び型枠が法枠の巾方向にずれることはなく、従ってモルタル若しくはコンクリートを打設しても法枠は下方に撓み難い。しかも、千鳥状に配してあるため、少ない本数のアンカー筋で固定力が作用し且つ固定点同志の間隔が狭くなるので、法枠は一層撓み難くなる。アンカー筋は、谷側の主鉄筋の谷側に固定して斜面に打ち込んであるため、法枠の谷側近くを下方から支え、法枠が転倒しないように機能する。」と訂正する。

<7>【0015】の「主鉄筋15に」を「山側の主鉄筋15の」と訂正する。

<8>【0015】の「アンカー筋16及び17」を「補助アンカー筋16及び17」と訂正する。

<9>【0015】の「モーメントを一定とした場合アンカー筋16及び17に対する引抜き力が小さくなり」を「モーメントが作用しても、山側の主鉄筋15に添わしたアンカー筋16及び17の引抜きに対して抵抗するモーメントが大きくなり」と訂正する。

<10>【0016】の「本実施例は、上記構成に加えて、法面12挿入した他の補助アンカー筋16を谷側の主鉄筋15にその谷側に位置するようにして固定すると共に、山側の主鉄筋15に固定した補助アンカー筋16と谷側の主鉄筋15に固定した補助アンカー筋16の配置が千鳥状となるようにしているので、谷側の主鉄筋15に対しても補助アンカー筋16の固定力が作用し且つ固定点同志の間隔が狭くなり、その結果法枠18は一層撓み難くなる。また、法枠18の固定力が強まるので、法枠18が法面12、即ち地山から一層剥がれ難くなって、地山の安定化により効果的に機能し得るようになる。」を「本発明は、上記構成に加えて、谷側の主鉄筋15に固定した補助アンカー筋16も谷側の主鉄筋15のその谷側に位置するようにして固定すると共に、山側の主鉄筋16に固定した補助アンカー筋16と谷側の主鉄筋15に固定した補助アンカー筋16の配置が千鳥状となるようにしてある。これにより、谷側の主鉄筋15からも直接アンカー筋16に法枠の自重がかかるようになり、主鉄筋15に対するアンカー筋16の結束線による結束が緩んでも、スペーサ及び型枠が法枠18の巾方向にずれることはなく、従ってモルタル若しくはコンクリートを打設しても法枠は下方に撓み難い。しかも、千鳥状に配してあるため、少ない本数のアンカー筋16で固定力が作用し且つ固定点同志の間隔が狭くなり、その結果法枠18は一層撓み難くなる。アンカー筋16は、谷側の主鉄筋の谷側に固定して斜面に打ち込んであるため、法枠18の谷側近くを下方から支え、法枠18が転倒しないように機能する。」と訂正する。

2、 訂正の当否に対する判断

(1)訂正の目的の適否及び拡張・変更の存否

上記<1>の訂正は、請求項1を削除して、請求項2にするものであるから、特許請求の範囲の限縮を目的とするものである。

上記<2>乃至<10>の訂正は、特許請求の範囲の訂正<1>に伴い不明りょうとなった発明の詳細な説明における記載を明りょうにするものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。

そして、上記訂正<1>乃至訂正<10>は、願書に添付した明細書又は図面に記載された範囲内の訂正であって、実質的に特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。

(2)独立特許要件の判断

平成元年(ヨ)第15号事件「準備書面1」(以下、「第1引用例」という。)又は平成元年(ヨ)第15号事件「準備書面2」(以下、「第2引用例」という。)には、平行な二枚のクリンプ金網製網状型枠を法面の傾斜方向と直交するようにして法面上に載置し、該二枚の型枠間に横架された複数の針金状間隔材に前記二枚の型枠と平行となるようにして複数の主筋を固定し、山側の主筋に対しては、その谷側にアンカー筋を位置するようにして固定して前記二枚の型枠を法面上に定着し、前記二枚の型枠の間及び外側面にモルタルもしくはコンクリートを打設する法枠工法が記載されているが、谷側の主筋に対しては、その谷側にアンカー筋を位置させて固定することは記載されていない。

また、平成三年(ワ)第1973号事件「証拠申出書」(以下、「第3引用例」という。)には、法枠工法において、山側の主筋に対しては、その谷側にアンカー筋を位置するようにして固定することは記載されているが、その拡大図をみても、谷側の主筋に対しては、その谷側にアンカー節を位置させて固定することは記載されているということはできない。

そこで、訂正後の特許請求の範囲に記載されている事項により構成される発明(以下、「訂正後の発明」という。)と第1引用例乃至第3引用例記載の発明とを比較すると、訂正後の発明は、谷側の主鉄筋にもその谷側にアンカー筋を位置するようにして固定するとともに、山側の主鉄筋の谷側に固定したアンカー筋と谷側の主鉄筋の谷側に固定したアンカー筋の配置が千鳥状になるようにした構成で、第1引用例乃至第3引用例記載の発明と相違している。

そして、訂正後の発明は、この構成により、「谷側の主鉄筋15からも直接アンカー筋16に法枠の自重がかかるようになり、主鉄筋15に対するアンカー筋16の結束線による結束が緩んでも、スペーサ及び型枠が法枠18の巾方向にずれることはなく、従ってモルタル若しくはコンクリートを打設しても法枠は下方に撓み難い。しかも、千鳥状に配してあるため、少ない本数のアンカー筋16で固定力が作用し且つ固定点同志の間隔が狭くなり、その結果法枠18は一層撓み難くなる。アンカー筋16は、谷側の主鉄筋の谷側に固定して斜面に打ち込んであるため、法枠18の谷側近くを下方から支え、法枠18が転倒しないように機能する。」という明細書記載の効果を奏するものである。

したがって、たとえ、第1引用例乃至第3引用例に記載された事項が公然実施をされた発明であるとしても、訂正後の発明が、公然実施をされた発明であるとも、公然実施をされた発明から当業者が容易に発明をすることができたものとも認められない。

また、特公昭53-32166号公報(以下、「第4引用例」という。)には、パンチメタル等から成る平行な二枚の型枠1、1を法面上に載置し、該二枚の型枠間に横架された複数の横鉄筋3、3に前記二枚の型枠と平行となるようにして複数の主筋4を固定し、法面に挿入したアンカー筋を、横鉄筋3に固定して前記二枚の型枠1、1を法面上に定着し、前記二枚の型枠の間及び外側面にモルタルもしくはコンクリートを打設する法枠工法が記載されているが、山側と谷側の主鉄筋にアンカー筋を固定することは記載されていない。

訂正後の発明と上記第4引用例記載の発明とを比較すると、

訂正後の発明が、「法面に挿入した各アンカー筋を、主鉄筋に対し各々その谷側に位置するようにして固定するとともに、山側の主鉄筋の谷側に固定したアンカー筋と谷側の主鉄筋の谷側に固定したアンカー筋の配置が千鳥状になるようにし」た構成で、第4引用例記載の発明と相違している。

そして、訂正後の発明は、この構成により、前記明細書記載の効果を奏するものであるので、訂正後の発明は、第4引用例に記載された発明であるとも、この引用例に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとも認められない。

したがって、訂正後の発明は特許出願の際独立して特許を受けることができるものである。

Ⅲ. 請求人の主張

請求人は、審判請求書及び弁ぱく書において、大略次のとおり主張している。

(1)本件特許発明は、甲第1号証乃至甲第4号証、甲第6号証及び甲第7号証によって立証される工事において、公然実施をされた発明、あるいは公然実施をされた発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は特許法第29条の規定に違反してされたものである。

(2)本件特許発明は、甲第5号証に記載された発明、あるいは、同号証に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものである。

Ⅳ. 当審の判断

本件特許発明は、上記訂正請求書で訂正した明細書の特許請求の範囲に記載されたとおりのものである。

1、主張(1)について

上記Ⅱ.2、(2)で述べたとおりである。

なお、甲第1号証乃至甲第4号証では、甲第3号証で示す工事が、不特定の第三者が見ることができる状態で行われたこと等が立証されているとはいえない。

2、主張(2)について

上記Ⅱ.2、(2)で述べたとおりである。

なお、請求人は、甲第2号証、甲第4号証及び甲第8号証を示して、本件特許を受けるに際し、特許法第197条に当たる行為があった旨主張しているが、これは特許法第123条に規定している審決取消し理由には該当しないので、検討しない。

Ⅴ. むすび

以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。

よって、結論のとおり審決する。

平成9年4月25日

平成9年4月25日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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